あっという間に年末
仕事と育児に追われ、
そして身内に不幸が重なり、コトバにならないほど疲れているアタクシ。
そんなアタクシですが、ふと職場で
「ねえ、ヨメに行った孫が、祖父の喪中葉書出すの?孫まで?」
と聞かれました。
うーん、分からない。
でもワタシの知り合いはみんな、祖父母が亡くなっても喪に服してる。
あ、でも同居か?
よく分からないので検索してみた。
葬儀が終わったからといって全てが終わるわけではありません。
遺族は喪に服します。
この「喪」というのはかつて1年間でした(正確には13ヶ月)。この喪の間、遺族は死者の弔いを第一にし、お祝い事、お祭り等は遠慮して過ごすと言われました。
喪に服している間を「喪中」と言います。喪中にあるときは新年のご挨拶も遠慮します。したがって喪中にある人は12月の頭あたりに「喪中葉書」を出します。
喪中葉書は「喪中につき年賀のご挨拶をご遠慮申し上げます」と書きます。
よく見られるのは、この文章の意味を「年賀状を出さないでください」という意味であると誤解している例です。
この場合の「遠慮」は「差し控える」という意味で、「本来は年賀のご挨拶にうかがうべきところですが、家族を亡くし喪中にあるため、新年のご挨拶は差し控えさせていただきます」という意味なのです。
年賀の挨拶はかつて相手の家にうかがってしていたものです。いまは年賀状のやりとりで済ませることが多くなりました。ですから喪中葉書は年賀状を出さない断りの意味になってしまっています。
喪中葉書には「母が10月に死亡しました」というように誰が亡くなったのかを書いておくといいでしょう。
喪中葉書はそれまで年賀状をやりとりしていた先に送りますが、送り損ねた人がいて年賀状が届くことがあります。
その場合には1月15日を過ぎて(松が取れて)、「寒中見舞い」を出します。
ふむふむ。
・・・。
じゃなくて、孫はどうすんだって話だよ。
。
。
その場合の「寒中見舞い」の文章は次のようなものです。
「寒中見舞い申し上げます。年賀状ありがとうございます。昨年10月に母が死亡しましたので新年のご挨拶は失礼いたしました。今年も引き続き宜しくお願い申し上げます」
喪中になるのはどういう場合かというと、1年の場合は配偶者、親、子どもが死亡した場合、祖父母、兄弟が死亡した場合は半年程度が妥当でしょう。
配偶者の親の場合が迷うケースです。同居していた場合や配偶者と連名で年賀状を出す習慣のある場合には配偶者に合わせます。
但し、同居していない場合、単独で年賀状を出す習慣のある場合には喪中とする必要はありません。
喪中にあるからといって、年賀状をやめて喪中葉書にしなければならないということはありません。
喪中にあるが、新年の挨拶はしたいという考え方があってもいいのです。それぞれの考え方によりますから「喪中なはずなのに年賀状をよこした。常識を知らないやつ」と批判する必要はありません。
また、喪中にある人が差し控えるのであって、相手が喪中かどうかわからないで年賀状を出すのは失礼にあたりません。
家族が死ぬということは肉体的にも精神的にも大変なことです。喪中葉書はそうした遺族を配慮して、そうした大変な時期には世の中のお付き合いを省略してもかまいませんよ、という社会的な配慮です。
ですから「喪中葉書を出すことが義務」みたいになると本末転倒です。喪中葉書も出さず、落ち着いた頃に葉書や手紙を出すのでかまいません。特に四十九日も済んでいないうちに喪中葉書の心配までする必要はありません。
また、知らずに年賀状を出し、寒中見舞いが来て家族を亡くされたことを知るケースがあります。最近は家族葬が多くなり、死亡した事実を知らないケースも増えています。
私の場合、友人に対して郵便書留で心ばかりの香典を包み
「お母様がお亡くなりになり、お淋しい日々をお過ごしのことと思います。心ばかりですがお花をお供えください。なお、お返しなどお気遣いのないようお願いいたします」と書いて送ります。
葬儀に間に合わなくとも、気は心です。遺族を思いやる気持ちは大切にしたいものです
なるほど、参考になりました。
ありがとうインターネット。
ブラボーインターネット。
さ、今日も心が寂しくて凍えそうなので、可愛いKARAの動画見て寝よう。
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